2017年6月25日日曜日

2017-06-25癌の報道は真実を伝えているのか?

数日前に、癌で闘病されていた小林麻央さんが亡くなったそうだ。
お悔やみ申し上げます。

今回のことを機会に少し思うことを書いてみようと思う。

普通に生きていて、癌で余命後○○ですって事になった時、
死を身近に意識や体験してない人は、生活することの意味をあらためて考えさせられるだろう。
私も10年ほど前に父を膵臓がんで亡くした。
その時の衝撃ははかりしれない。体の半分が切り取られたようだった。

病院で闘病生活を続けて、家に帰ったという報道が少し前にあったけれど、
それは最期が間近だってことでしょう。誰だって分かっている。

しかし報道はその事実を伝えない。

確かにそんなこと報道したらバッシングにあうのは間違いないだろう。
そういうご時世を考えてのことなんだろうけれど、

亡くなったら、海老蔵さんのインタビュー。
無念さ満載って、そういう報道にウザさを感じる。

この感覚のベースには、世間の医療機関への過度な信頼と、
医療機関のシステム化した業態への疑問がある。

毎年一回は健康診断を受けなさい、受けて悪いとこがあったら病院へ行きなさい。
病院へ行ったら、この検査受けてこのお薬飲んで、どうしようもなくなったら家に帰される。
どうしようもなくなるまで治療して。。。

医者に診てもらえば病気が良くなると思ってる人がほとんどだけど、
病気を治せますって自信ある医者がいるなら出てこいって話だ。いるなら逆に疑うけれど。

人は永久に生きていられなくて寿命がある。
悲しいだろうけれど、それがほんとうのこと。




2017年1月24日火曜日

2017-01-24中国政府に関する日本の報道の印象

「政府」と言っても、民主主義国家の国民から選ばれた政府と、
国民から選ばれているわけでない「中国共産党」の政府とでは、発言の重みが全く異なる。

民主主義国家の政府の発言は、その国の国民の総意を代表している。
一方、中国政府の発言は、中国国民の総意を代表しておらず、単に一政党である中国共産党の発言である。

日本国内での例えて言えば、「○○党が何か主張している」というのと同じだ。

日本の報道は、そこを誤解させているように思う。
自分も誤解した印象をずっともってきた。

今回の、アパホテルの客室設置の書籍について、中国政府が苦情を公表するという件、
他国の一民間企業と、一国の政府が対立している形でお門違いな訳だけど、
中国国民を代表している訳ではない一政党である中国共産党の発言ということが分かっていれば、犬の遠吠えと同じで状況は理解できる。

ただ、相手が権力を持ってるから一大事だというのなら、ヤクザと同じ威嚇だよね。

結局、中国はヤクザ国家で、それに日本の報道が怯えてるってことなんだけど、

そろそろ時代は前に進みますよ (^o^*)/

2016年8月23日火曜日

2016-08-23シャープの「信賞必罰」

鴻海からシャープへの出資は、中国の独禁法審査が長引いたがようやく完了。
新しい社長は、信賞必罰(功績ある者は必ず賞し、罪過ある者は必ず罰する)と言う。

これを喜ぶおめでたい人はいるのだろうか?

法治国家とはいえない中国の審査など、出資延期のための理由にすぎないでしょう。
契約の条文通り、出資せずに液晶技術だけいただく等、料理の手順をゆっくり考えていたんだろう。
そしてシナリオを描けたのでようやくアクションした。その最初が、「信賞必罰」。

三菱自動車の例もあるけれど、大企業の社内風土を変えるのは容易ではないだろう。
だって功罪を判断する管理職・上層部さえ腐ってるんだから。
社長が社員一人一人を自ら判断できるような規模の会社なら変えられただろうけれどね。

つまり、フェイク。
液晶技術の中国への移植完了まで会社は残し、
その後倒産させた時にも非難されないようなシナリオを描けた。
今回はそんなタイミングだったんではなかろうか。





2016年2月29日月曜日

2016-02-29シャープの「後出しジャンケン」

シャープの「後出しジャンケン」は、誰に有利で誰に不利だったのか?

シャープは鴻海との契約成立とクロスして偶発債務をねじ込めると思ったのか?
もしそうなら、「アホもいいところの恥さらし」だ。

しかし、そうでないとしたら誰かがリークさせたのか?

1.鴻海だとしたら、
いくらでも有利な条件を言っておいて、なびいて戻れなくなったところで責める作戦。
偶発債務なんて買収劇ではよくある事で、鴻海だってある程度想定していただろう。
シャープ側から契約前迄に産業革新機構と同じ情報が鴻海に示されていたなら、
今回の偶発債務を、シャープ側が契約前に開示していなかったとしても罪はないはず。
それを鴻海の息のかかったシャープ内部員からリークさせて、逆ネジかました形。

ただ、シャープを倒産させずに買収額を下げたところで、
買った後に立ち直らせるために必要な額は同じだろうから、
鴻海は、年度末をリミットに負債者との関係を整理して、
倒産時(負債を白紙にした時)の価格から少し上の価格を提示するんだろう。


2.産業革新機構だとしたら、
負債額が、シャープがあらわに開示してる以上に、外資が買収したらこんなにあるんだよと、
本当に教えてあげて、買収をあきらめさせる。(そんなこと知らんわけないやろ^_^;)
年度末を迎えて倒産しても、その後で国内でなんとかすれば、技術流出は防げる。


ここまで考えると、素人の私でも1.と思うけど、
もしかして最初に書いた「アホもいい所の恥さらし」だったのかもしれない(-ω-)

2016年2月6日土曜日

お山の楽しさ

トレイルランニング、山登り、ハイキング、
自分が楽しんでいるのは、こんな言葉で表現される領域。

お山へ行って、自然を楽しみながら、
これって何を楽しんでるんだろうって常々思う。

極端なケース、全く一人で道具もなしに道なき未踏の山へ入っていくことをイメージすると、
それは恐いだけで楽しめないなと思う。


先人の切り口に共感したので紹介です:-)

朝の空気の「爽やかさ」での例えが面白い。
(「我々」と「己」とを使い分けてます:-)

”朝の爽やかさ” は ”お山の楽しさ”に置き換えられると思う:-)


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「風土」(和辻哲郎著)第1章 風土の基礎理論 の一節

我々がある朝「爽やかな気分」において己を見いだす。

これは空気の温度と湿度とのある特定の状態が外から影響して内に爽やかな心的状態を引き起したとして説明せられている現象であるが、しかし具体的経験においては事情は全く異なっている。

そこにあるのは心的状態ではなくして空気の爽やかさである。

が、空気の温度や湿度として認識せられている現象は、この爽やかさそのものと何の似寄りも持たない。

爽やかさは「あり方」であって「もの」でもなければ「物の性質」でもない。
それは空気というものに属してはいるが、空気自身でもなく空気の性質でもない。

だから我々は空気というものによって一定のあり方を背負わされるのではない。

空気が「爽やかさ」のあり方を持つことは取りも直さず我々自身が爽やかであることなのである。すなわち我々が空気において我々自身を見出しているのである。

しかしまた空気の爽やかさは心的状態の爽やかさではない。

それを最もよく示すものは朝の爽やかな気分が直接に我々の間の挨拶として表現せられるという事実である。

我々は空気の爽やかさにおいて我々自身を了解している。

爽やかなのは己の心的状態ではなくして空気なのである。
だからこそ我々は、他人の心的状態に目を向けるというごとき手続きを経ることなく、
直接に互いの間において「いいお天気で」「いい陽気になりました」などと挨拶する。

我々はともに朝の空気の中へ出て、ともに一定の存在の仕方を背負うのである。

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「背負う」って比喩は、まいいか:-)



2012.01.25記

2016年2月1日月曜日

2016-02-01おつりの渡し方

コンビニとかスーパーとかで、毎日レジで精算しておつりをもらう。
固っ苦しいこと言うと、人と人のコミュニケーションはここだけなので、
かなり貴重な瞬間なのだ。

「・・・カードはお持ちですか?」とか、「・・・のお返しです。」とか
ロボットでも出来そうな定形文句はどこも同じだけれど、
おつりの渡し方は、各コンビニでも違うし、個人差も大きいと思う。

分類するつもりはないけれど、ばっちい物に触れたくない的に、
チャリンと手のひらに落とすバイトガールに遭遇すると悲しくなる。

ローソンは最低。イオンやセブンは教育されている。

ここが日本の「お・も・て・な・し」だと、気づいてくれよ。


2015年6月26日金曜日

シャープについて今思うこと

私は、2012年に希望退職といういわゆるリストラにあった。
話を聞いた時は、なぜ私を切るのか?という思いと、
抵抗しても、不毛な時間を浪費するだけだろうという思いだった。

世間では、トップの経営判断が問われている。もちろんそれは原因の一つだ。
舵をいい方向に切っていれば、企業体の負の部分も表に出てこない。
よく言われているように、液晶に特化して道を誤ったわけだ。結果論だけど。

問題は、新たな方向に舵を切れない体質にあると思う。
若手や、革新的な考えを持つ社員は社内で声を上げていたのだ。
しかし、それが取り上げられることはなかった。

遡れば、液晶の技術で事業拡大しイケイケドンドンだった頃が、私が入社した1990年代。
周りの方々がどんどん管理職に昇格されていた。
何も世間を知らない私は、そういうもんだと思っていた。
けれども、厳しい時代になるにつれ当然ながらそんなことは稀になってきた。

どこと比較したわけではないが、シャープの業績評価は現場の上司にほぼ一任されている。
全社の人事部の影響は皆無だ。

そうした中、評価されるのは誰になるのかというのが肝だ。
評価された人がその後の会社を背負っていくのだから。

ここで社風が影響しているのかもしれないが、
評価されるのは保守的に文句を言わず、従順な社員なのだ。
革新的な社員は放ったらかしにされる。

今だから言うが、退職する頃の在籍した本部・部署はひどいもんだった。
無能な上司が彼に従順な無能な部下を評価してるんだもの。
それで会社が回っていた時は良かっただろうけれど、ダメな時は方向転換さえ出来ない。

超有能な人は、会社から残ってほしいと言われても、社外で自己実現の場を求めて飛び出しただろう。
普通の有能な人は、会社からいなくなってほしいと思われて、社外に出ただろう。

そして、無能な従順な人が今残った。ということ。

中国の兵法書「六韜(りくとう)」が頭をよぎる。
「交渉の為に隣国から使者が来て、もしその者が有能ならば何一つ与えず返せ。
 交渉の為に隣国から使者が来て、もしその者が無能ならば大いに与え、歓待せよ。
 そうすれば、隣国では無能な者が重用され、有能な者が失脚する。
 そしてやがては滅ぶ」

使者の例えはさておき、無能なものが重用されればやがてその国は滅ぶのだ。

自分は、今別の会社に拾ってもらって楽しんでるので、
この先この会社の行く末を酒でも飲んで眺めさせてもらおう。

貴重な、教訓を実体験させてもらった。

セラビ。